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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)67号 判決 1997年1月20日

東京都文京区大塚三丁目一九番一〇号

原告

新保春美

右訴訟代理人弁護士

中村清

村上誠

山根一弘

髙橋和敏

若林眞

小野美奈子

東京都文京区春日一丁目四番五号

被告

小石川税務署長 小堺克己

右指定代理人

浜秀樹

渡辺進

海谷仁孝

栗原勇

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成四年一二月二八日付けでした原告の平成三年分所得税の更正のうち納付すべき税額三九六万八一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成三年分所得税について、別表の「確定申告」及び「修正申告」欄記載のとおり、納税申告をしたところ、被告は、同表の「更正賦課決定」(順号4)欄記載のとおり、更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)をした(以下、本件更正及び本件決定を併せて「本件各処分」という。)。

2  原告は、本件各処分につき、平成五年二月二六日、被告に対し異議申立てをしたが、同年五月二四日棄却されたため、同年六月二四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、平成七年一月二七日、これも棄却された。

3  しかし、本件更正には原告の不動産譲渡所得を過大に認定した違法があり、本件更正を前提とする本件決定も違法であるから、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認めるが、同3は争う。

三  被告の主張

1  本件土地の譲渡

(一) 本件土地の譲渡の経緯

(1) 東京都文京区大塚三丁目一九番一の宅地一二九・六一平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同地上の建物(以下「本件建物」という。)は、原告の父新保松雄(以下「松雄」という。)の所有であったが、松雄が昭和四八年二月一五日に、その妻代志が昭和五二年六月五日に、それぞれ死亡したことにより、その子供らである原告、永井琇子、菅瑛子、新保玲子(以下「玲子」という。)、新保好雄、新保薫(以下「薫」という。なお、原告を除くその余の五名を「他の相続人」、原告及び他の相続人を併せて「本件相続人」という。)の六名が右土地建物(以下「本件遺産」という。)を共同相続した。

(2) 永井琇子、菅瑛子及び新保好雄(以下、この三名を「永井ら」という。)は、昭和六一年五月二〇日、本件遺産について遺産分割調停(以下「本件調停」という。)の申立てを行い、昭和六三年一一月三〇日、本件相続人間に、大要、次のとおりの調停条項による調停が成立した。

<1> 本件遺産は原告が単独で取得することとし、他の相続人は、原告に対し、本件遺産に係る各人の共有持分六分の一につき、遺産分割を原因とする共有持分移転登記手続をする。

<2> 原告は、本件遺産を単独取得する代償として、永井らに対し各三九〇〇万円、玲子及び薫に対し各四一五〇万円の合計二億円(以下「本件支払金」という。)を、平成元年一月三一日限り支払う。

<3> 原告は、右金員の支払いを遅滞したときは、他の相続人に対し、遅滞額につき支払済みまで年一割の割合による遅延損害金を支払う。

<4> 原告は、本件支払金の弁済の担保として、他の相続人のために、本件遺産につき抵当権を設定する。

<5> 右<1>と<4>の各登記手続費用は、原告が全額負担する。

<6> 本件相続人は、本調停条項をもって松雄の遺産についての分割がすべて完了したものとし、今後名義のいかんを問わず金銭その他何らの給付請求もしないことを相互に確認する。

そして、本件遺産については、平成元年一月九日、他の相続人から原告へ右遺産分割を原因とする共有持分の移転登記が経由されるとともに、本件支払金を担保するため、他の相続人を権利者とする抵当権設定仮登記がされた。

(3) 原告は、平成元年二月一〇日、株式会社片山組(以下「片山組」という。)との間で、片山組が本件土地上に店舗兼事務所ビル(以下「本件ビル」という。)を建築し、同ビルの一部と本件土地の一部とを等価交換することを前提に、右等価交換契約が締結されるまでの間、片山組が原告に二億〇〇五五万円を無利息で貸付ける旨の合意(以下「本件合意」という。)をし、同日、片山組から二億〇〇五五万円を借り受け、他の相続人に対し、本件支払金及びその遅延損害金として、合計二億〇〇五四万七九四三円を支払った。

(4) 原告と片山組は、平成元年一二月一二日、本件土地について、大要、次のとおりの等価交換契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

<1> 原告は本件土地を片山組に譲渡し、片山組は、本件ビルを建築した上、原告に対し、本件土地の対価に相当する本件土地の一部(本件土地の一五・六五八パーセントの持分)及び本件ビルの一部(本件ビルの一階の一部及び七階の専有面積合計七七・八七四平方メートル並びに地階の占有面積四・六〇平方メートル)を譲渡するとともに、交換差金として二億〇一七八万三三〇〇円を支払う。

<2> 原告は、片山組に対し、本件合意に基づいて借り受けた二億〇〇五五万円を返済する。

<3> 片山組は、原告に対し、本件ビルの建築期間中の原告の仮住まい費用として八五万円を支払い、これを右<1>の交換差金に充当する。

(5) 本件ビルは、平成三年三月三一日ころ完成し、原告は、本件契約に基づき、本件ビル地下一階のうち物置三・五一平方メートル、一階の店舗三九・三四平方メートル及び七階の居宅二四・六五平方メートルを取得し、同年一〇月一日、これらについて原告を所有者とする所有権保存登記が経由された。

(二) 本件土地の譲渡

右経緯からすれば、原告は、本件相続人間で成立した遺産分割調停において、代償分割の方法によって本件遺産を単独で取得し、その取得した本件土地を片山組に本件契約により譲渡したものというべである。

2  本件各処分の適法性

(一) 本件更正の根拠

(1) 総所得金額(給与所得の金額) 一〇一万一〇〇〇円

(2) 分離課税の長期譲渡所得の金額 二億〇〇一一万九一三五円

右金額は、次の<1>の譲渡収入金額から<2>の所得費及び<3>の特別控除額を差し引いた金額である。

本件土地の譲渡による所得は、租税特別措置法(平成三年法律第一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条一項の規定する長期譲渡所得に該当するところ、本件土地の利用状況が、居住用部分(五〇パーセント)と非居住用部分(五〇パーセント)とからなっていたことから、前者の譲渡については措置法三一条の四に該当する譲渡として、後者の譲渡については措置法三一条に該当する譲渡として、それぞれ譲渡所得の金額を計算すると、前者が八五五五万九五六八円、後者が一億一四五五万九五六七円となる。

<1> 本件土地の譲渡収入金額 二億四三二八万三三〇〇円

右金額は、原告が片山組に対して本件契約に基づき本件土地を譲渡した金額であり、居住用部分及び非居住用部分の各譲渡収入金額は、それぞれ一億二一六四万一六五〇円である。

<2> 取得費 一二一六万四一六五円

右金額は、本件土地の居住用部分及び非居住用部分の各譲渡収入金額一億二一六万一六五〇円に、措置法三一条の五第一項本文により、それぞれ一〇〇万の五を乗じて算出した金額の合計である。

<3> 特別控除額 三一〇〇万〇〇〇〇円

右金額は、本件土地の居住用部分につき措置法三五条一項に基づく特別控除額三〇〇〇万円と、非居住用部分につき措置法三一条四項に基づく特別控除額一〇〇万円の合計である。

(3) 納付すべき所得税額 三七四五万二五〇〇円

右金額は、次の<1>、<2>の各税額の合計額から、<3>の源泉徴収税額を控除した金額(国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満切捨て)である。

<1> 総所得金額に対する税額 四万三三〇〇円

<2> 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額 三七四七万三六〇〇円

右金額は、本件土地の居住用部分の譲渡所得金額につき措置法三一条の四第一項を適用して算出した一〇八三万三八五〇円と、非居住用部分の譲渡所得金額につき措置法三一条を適用して算出した二六六三万九七五〇円との合計額である。

<3> 源泉徴収税額 六万四三七〇円

(二) 本件更正の適法性

原告の平成三年分の総所得金額及び分離課税の長期譲渡所得金額並びに右各所得金額に基づいて算出される納付すべき所得金額は、右(一)(3)のとおりであって、本件更正に係る納付すべき税額と同額であるから、本件更正は適法である。

(三) 本件決定の適法性

本件決定は、本件更正によって新たに納付すべきこととなった税額三三四八万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満切捨て)に、国税通則法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した三三四万八〇〇〇円と、同条二項に基づき右三三四八万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した一六七万四〇〇〇円との合計額五〇二万二〇〇〇円を過少申告加算税として賦課決定したものであって、適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の主張

(認否)

1 被告の主張1(一)の(1)ないし(5)の事実は認めるが、同1(二)は争う。

2 同2(一)(1)は認める。

3 同2(一)(2)の冒頭部分のうち、本件土地の利用状況が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。同2(一)(2)の<1>は認めるが、<2>及び<3>は争う。

4 同2(一)(3)の<1>及び<3>は認めるが、<2>は争う。

5 同2(二)、(三)は争う。

(原告の主張)

1 本件遺産分割が換価分割であること

(一) 本件調停において、永井らは法定相続分に従って本件遺産を換価分割することを主張し、原告としても、高額の代償金を支払って本件遺産を取得することは到底困難であったことから、結局、本件土地を等価交換契約に供し、原告は本件土地上に建築されるマンションの一部(美容院営業用の店舗と住居)を取得し、他の相続人は交換差金から金銭で分配を受けるという案が採用され、本件調停の成立に至ったものであって、本件土地の換価については、遺産分割の協議と並行して片山組等との等価交換契約の交渉が進められ、右協議の成立後直ちに右等価交換契約が履行されて、他の相続人に対する分配金の支払いが予定されていたのであり、このことは他の相続人も熟知していた。したがって、本件契約は、原告については、その相続分である本件土地の持分六分の一と本件ビルの一部との等価交換、他の相続人については、それぞれの相続分である本件土地の持分各六分の一(合計六分の五)の片山組に対する譲渡という実質を有するものであり、本件調停条項上、原告が一旦本件土地の名義を取得することとされたのは、交渉の窓口を一本化したいという契約の相手方からの要請によるもので、等価交換契約を円滑に進めるための方便にすぎないものである(本件調停条項において、本件支払金の遅延損害金や抵当権設定の規定を設けたのは、金銭の分配を急いだ他の相続人の希望によるものである。)。

(二) 右のとおり、本件契約においては、原告のみが契約の当事者となっているが、実質的には、原告は他の相続人の代表としてこれを締結したものであり、本件調停により成立した遺産分割も、調停条項の文言上は代償分割であるかのような形式をとっているが、その実質は換価分割であるというべきである。仮に、本件調停において、原告が単独で本件土地を取得した上、他の相続人の相続分相当を片山組に交換差金相当額で譲渡したとすると、原告に課せられる譲渡所得税及び地方税の合計額は、原告が遺産分割の結果取得した分にほぼ匹敵し、結局、原告は遺産分割によって何も取得しなかったという不合理かつ苛酷なこととなるのであって、本件調停による遺産分割が代償分割でなかったことは明らかである。

2 実質所得者課税の原則に反すること

また、本件土地の譲渡による所得の帰属については、本件調停条項の記載のみでなく、協議成立までの経緯や関係当事者の意図したところに従い、実質所得者課税の原則に基づいて判断されるべきであって、前記のような経緯等からすれば、本件土地の値上がり益は、原告のみならず他の相続人にも等しく存在しており、他の相続人が本来負担すべき値上がり益についてまで全部原告が享受したものとして課税するのは、実質所得者課税の原則に違反する。

3 本件支払金は取得費に当たること

仮に、本件調停による遺産分割が代償分割であったとすれば、本件支払金は、原告の譲渡所得の金額の計算上、取得費になるというべきである。

すなわち、代償分割における代償金は、特定の相続人が単独で当該遺産を取得するために支払うものであり、本件においても、他の相続人が自己の持分を第三者に譲渡することもあり得ると通告してきたことから、原告は、これを防ぐために本件支払金を支払って本件土地を取得することとしたのであって、本件支払金はまさに本件土地を取得するために必要な費用であるし、その金額も、他の相続人の実質的な相続分を確保するために決められたものであるから、本件支払金は、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に当たるというべきである。

4 遺産分割が錯誤により無効であること

原告は、本件調停条項に基づく遺産分割の結果、他の相続人が享受することとなった本件土地の譲渡益について原告に譲渡所得課税がされないことを当然の前提として、その旨黙示的に表示して本件調停条項に同意したのであって、仮に本件のような譲渡所得課税が是認されるとするならば、本件調停条項に同意した原告の意思表示には要素の錯誤があり、本件調停条項による遺産分割は無効である。なお、被告は、原告あるいは原告の代理人弁護士に重大な過失があったと主張するが、本件のような課税関係が生じることについては、原告だけでなく、家事審判官も含めて本件調停の関係者全員が誤解していたものであるから、原告あるいはその代理人に重大な過失があったということはできない。

五  原告の主張に対する認否及び被告の反論

(認否)

原告の主張1ないし4は争う。

(被告の反論)

1 本件調停条項によれば、原告は、本件遺産を単独で取得し、他の相続人に対して代償金を支払う旨が明確に記載され、本件支払金について遅延損害金や抵当権設定の定めまで設けられているが、換価分割であれば当然に記載されるべき換価分割の方法やその手順に関する事項が全く記載されていないし、原告と他の相続人との間で、本件遺産の処分に関する諸条件について協議がされた事実がないばかりか、他の相続人は、本件土地が本件契約により処分されたことさえ知らなかったのであって、原告が代償分割の方法により本件土地を単独で取得し、これを本件契約により片山組に譲渡したものであることは明らかである。

2 原告は、本件更正による譲渡所得課税及び地方税の合計額は、原告が遺産分割の結果取得した分にはほぼ匹敵し、不合理かつ苛酷である旨主張する。

しかし、原告が本件契約によって実質的に取得した財産の価額は、少なくとも、交換差金二億〇一七八万三三〇〇円、本件土地の持分一五・六五パーセント及び本件ビルのうち専有部分七七・八七四平方メートル(二三・五五六坪)の価額七八二〇万五九二〇円(本件契約における清算金額坪当たり三三二万円に原告が取得した専有部分の面積を乗じた金額)並びに片山組が本件契約に基づき負担した内装費用三五五万一四四〇円の合計二億八三五四万〇六六〇円から、他の相続人に支払った本件支払金二億円を控除した八三五四万〇六六〇円であり、しかも、右金額は本件契約当時の時価に比してむしろ過少であるともいえるのであって、原告の右主張は失当である。

3 代償分割の代償金は、相続財産の持分の譲渡代金とは性質を異にするものであって、本件支払金は、譲渡所得の金額の計算上、取得費に算入することはできないというべできある(最高裁第三小法廷平成六年九月一三日判決・裁判集民事一七三号八一頁)。

4 原告に錯誤があったとしても、それは動機の錯誤であり、本件調停において、本件土地の譲渡に係る税金について話し合われた事実がないことからすると、原告の右動機は、明示的にも黙示的にも表示されていたとはいえないから、本件遺産分割が錯誤により無効となることはない。

また、代償分割の方法により原告が本件土地を単独取得した上、これを自己名義で処分すれば、原告だけに譲渡所得税が課されることは当然であって、原告あるいは原告の代理人弁護士が誤解していたとしても、その判断には重大な過失があったというべきである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  まず本件土地の譲渡の経緯についてみるに、被告の主張1(一)の(1)ないし(5)の各事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第二八号証(後記採用しない部分を除く。)、原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証、乙第七、第八号証、第一一号証、第一三号証、第二三号証の三、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立の真正を認める甲第一八号証、第二三号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲第二九号証、乙第二三ないし第二六号証の各一、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  松雄が死亡した当時、永井らは既に結婚等により他所で生活しており、本件建物には、原告と母代志、原告の姉玲子及び弟薫が居住し、本件建物の一階は自宅、二階はアパートとして利用されていたが、昭和五〇年五月、原告は、本件建物一階の一部で美容院を開業した。母代志が死亡した後も、遺産分割の協議が整わないまま、右原告ら三名が本件建物に居住し、原告は美容院の経営を続けていた。

昭和六〇年九月ころ、原告は、本件建物が老朽化したことから、本件建物を取り壊してビルを建て、その一階で美容院を経営したいと考え、その資金借入れのため本件遺産を原告名義とすべく、永井らに対し、本件遺産を原告が単独相続する旨の遺産分割協議書を送付し、その協力を求めたところ、永井らは、これに反発し、昭和六一年五月二〇日、原告、玲子及び薫を相手方として、東京家庭裁判所に本件調停を申し立てた。

2  本件調停申立後、東京家庭裁判所からの分割希望等の照会に対し、原告は、美容院を営業するためと両親の住んでいた場所で手放したくないとの理由を付して本件遺産を取得することを希望し、他の相続人の相続分を金銭で支払う旨回答しており、調停においては、本件遺産を売却するなどして法定相続分に応じ分配することを希望する永井らと、自己の寄与分の存在を主張し、本件遺産を取得したいとする原告とが対立したが、最終的には、原告も、当時の地価の上昇傾向の下で、他の相続人の満足するような金額を捻出しつつ、原告が本件土地で居住と美容院を確保するためには、等価交換方式によるマンションの建築がよいと考えるようになり、本件調停の代理人であった永盛弁護士の紹介で片山組と本件土地の等価交換契約の交渉を始めた。

一方、他の相続人としては、当初から本件遺産について金銭による分配を受けることで特段の異存はなく、調停の過程では、本件土地の評価と具体的な取得額が争いとなっていたが、結局、本件土地を坪約六五〇万円として評価し、永井らが各三九〇〇万円、玲子及び薫が本件建物に居住していたことなどを考慮して各四一五〇万円とすることで、原告を含め了解することとなった。

3  原告は、本件調停と並行して、片山組との交渉を続けていたところ、その後、契約の相手方が片山組から株式会社サン・リアルエステイトに変更され、原告は、同社の代表者蛭崎三朗(以下「蛭崎」という。)と交渉することとなったが、相手方が変更したことや交渉の内容について、他の相続人に対し特に説明したり報告したりしたことはなかったし、また、原告が等価交換契約をした場合の譲渡所得課税について調停の席上話題となったこともなかった。その後、原告と蛭崎との交渉がまとまらず、調停期日が一回延期された後、昭和六三年一一月三〇日、原告と蛭崎との間で、本件土地に等価交換により店舗付共同住宅を建築し、原告がその一部と交換差金二億円を取得することなどを内容とする覚書が取り交わされ、同日開かれた調停期日において、本件調停条項による調停が成立した。なお、右覚書において、交換差金の二億円は本件調停の成立後二ヶ月以内に支払われることとされたことから、本件調停条項においても、本件支払金の弁済期は平成元年一月三一日と定められたが、特に覚書の詳細な内容について他の相続人に報告されたことはなかった。

4  ところが、平成元年一月になって、蛭崎が右覚書による合意の解約を一方的に申し入れてきたため、原告は急遽、等価交換契約の相手方を変更せざるを得なくなり、本件支払金の弁済期日(平成元年一月三一日)が迫っていたこともあって、再度、片山組との間で交渉することとなり、とりあえず本件支払金を捻出する必要があったことから、平成元年二月一〇日、片山組との間で、本件合意をした上、同日、原告は、他の相続人に対し、片山組から借り入れた二億〇〇五五万円をもって、本件支払金及びこれに対する約定の遅延損害金を支払った。

5  その後、平成元年一二月一二日、原告は、片山組との間で、本件土地を譲渡する旨の本件契約を締結し、その際、片山組から原告に支払われる交換差金二億〇一七八万三三〇〇円と右4の貸付金とが対等額で相殺された。なお、本件契約においては、建築の都合により、原告の取得する専有面積に増減が生じた場合は、坪当たり三三二万円の割合で精算することとされ、また、片山組は、原告の取得する一階店舗及び七階住居について内装工事を行い、うち店舗については冷暖房付とし、店舗の内装費用の片山組の負担額は三五五万一四四〇円とすることが合意された。

6  本件ビルは、平成三年三月三一日ころ完成し、原告は、本件契約に基づき、本件ビル地下一階のうち物置三・五一平方メートル、一階の店舗三九・三四平方メートル及び七階の居宅二四・六五平方メートルを取得し、同年一〇月一日、これらについて原告を所有者とする所有権保存登記が経由された。

三  右認定したところからすれば、本件相続人は、本件調停において、遺産分割の方法として、原告が他の相続人に対し代償金である本件支払金を支払って本件遺産を単独取得することに合意したものであり、原告は、右合意に基づき、他の相続人に本件支払金を支払い、自己の所有に帰した本件土地を片山組に譲渡したものであることは明らかである。

1  原告は、本件調停による遺産分割の合意は、実質的には換価分割であって、代償分割ではなく、片山組との本件契約は、実質的には、原告が他の相続人の代表としてこれを締結したものである旨主張する。

しかし、本件調停条項によれば、原告は、本件遺産を単独取得し、その代償として、他の相続人に対し、本件支払金の支払義務のあることが確認され、また、本件支払金について、遅延損害金の支払い及び抵当権の設定といった換価分割では通常考えられない約定が設けられており(このような約定は、代償分割において、代償金の支払いに不安がある場合に必要とされるものであって、換価分割は、遺産を換価してその代金を分配するものであるから、通常このような約定をする必要はない。)、さらに、右抵当権の設定登記や他の相続人から原告への持分移転登記に要する費用も原告の負担とされているのであって、これらの条項からみる限り、本件調停において成立した合意が代償分割の合意であることは明らかであって、換価分割であることを窺わせるような条項は全く見あたらない(本件調停条項は、家事審判官及び本件相続人の各代理人弁護士らが関与して検討し、確定されたものであることから考えても、これをもって換価分割を取り決めたものと解することは困難である。)。

しかも、本件土地の等価交換に関する交渉は、専ら原告が片山組等と行っていたもので、その交渉内容を他の相続人に説明したこともないし、等価交換契約の相手方の変更という重要な事項についても、他の相続人と協議することなく、原告のみの判断で行っており(仮に、本件調停による本件相続人の合意が蛭崎との等価交換契約を前提とした換価分割であったとすれば、蛭崎との覚書による合意が解約された以上、換価分割の具体的な方法について改めて相続人間で協議すべきであって、原告が勝手に契約の相手方を変更することは許されないというべきである。)、他の相続人は、本件土地の等価交換契約に関しては一切関与したことがないばかりか、契約内容等の詳しい事情についても知らされていなかったのであって(この点に反する原告の供述部分及び甲第二八号証の陳述書の記載部分はいずれも採用することができない。)、本件相続人間で、本件遺産の具体的な処分の段取りや処分の内容について合意があったとみることはできず、原告が、他の相続人の代表として等価交換契約を締結したというのは不自然である(このことは、他の相続人が、本件支払金は原告が締結する等価交換契約による交換差金によって充てられることを知っていたとしても、何ら異なるところはないというべきである。なお、甲第二八号証の陳述書中、本件調停において、原告が他の相続人を代表して等価交換契約を締結することの合意が成立したかのごとき記載部分は、にわかに採用することができない。)。

また、成立に争いのない乙第一号証の一、二、第三号証の一によれば、原告は、平成三年分所得税の申告にあたり、原告が他の相続人から本件土地の持分を購入して本件土地全部を片山組に譲渡したとの構成で申告していることが認められ、原告自身、当時から、原告が本件土地全部を片山組に譲渡したとの認識を有していたものであって、本件契約が他の相続人それぞれの本件土地に対する持分の片山組に対する譲渡であるということができないことも明らかである。

2  なお、原告は、本件更正により課される譲渡所得税及び地方税の合計額は原告が遺産分割の結果取得した分にほぼ匹敵し、不合理ないし苛酷であることを代償分割でなかったことの一つの根拠として主張するもののようである。

しかし、原告は、本件契約において、本件土地の一部(本件土地の一五・六五八パーセントの持分)及び本件ビルの一部(本件ビルの一階の一部及び七階の専有面積合計七七・八七平方メートル(二三・五五六坪)並びに地階の専有面積四・六〇平方メートル)と交換差金二億〇一七八万三三〇〇円を取得することとされているところ、原告の取得する専有面積に増減が生じた場合は坪三三二万円の割合で精算するとされていることから、右単価に基づいて、原告が取得することとなる本件土地の一部及び本件ビルの一部(地階の専有面積部分を除く。)の価額を算出すると、約七八二〇万円となり、これに片山組が負担する店舗の内装費用三五五万一四四〇円と交換差金を合計すると、約二億八三五三万四七四〇円であって、これから他の相続人に対する本件支払金二億円を控除した約八三五三万四七四〇円が原告の実質的な取得分という計算になり、本件調停が成立した昭和六三年当時は、土地やマンションなどの不動産価格が上昇傾向を示していた時期であったことなどをも考えると、本件調停による結果が、当時において原告にとり不合理ないし苛酷であったということもできず、原告の右主張は失当である。

四  原告は、他の相続人が本来負担すべき値上がり益についてまで全部原告が享受したものとして課税するのは、実質所得者課税の原則に違反すると主張するが、右主張は、本件調停による遺産分割が実質的には換価分割であり、本件契約が実質的には本件相続人全員による本件土地の譲渡であることを前提として初めて理解し得るものであるところ、右のようにいえないことは既に検討したとおりであって、原告の右主張は、その前提を欠き失当である(本件において、原告のみが本件土地の譲渡所得課税を受けることとなるとしても、それは原告が増加益を含む本件土地を取得するという分割方法を選択した結果であって、これをもって実質所得者課税の原則に反するといえないことはいうまでもない。)。

五  原告は、本件調停による遺産分割が代償分割であるとすれば、代償金である本件支払金は所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」となる旨主張する。

しかしながら、相続人の一人が遺産分割協議により、その余の相続人に代償金を支払って遺産を単独で取得した場合は、結局、当該相続人が右遺産を遺産相続開始時に単独相続したことになる(民法九〇九条本文)のであって、その余の相続人である共有者からその遺産の共有持分を譲り受けてこれを取得したことになるものではない(なお、代償金は、代償分割の方法による遺産分割において、公平の分配という見地から相続人間の調整を図るための金員であり、共同相続人間の諸事情を総合的に考慮してその金額が定められるべき性質のものであって、相続財産の持分の譲渡代金とは性質を異にする。)。したがって、本件土地は、原告が相続により取得した財産(所得税法六〇条一項一号)であり、これを片山組に譲渡したことによる譲渡所得の金額の計算をするに当たっては、相続前から引き続き所有していたものとして取得費を考えることとなるから、原告が他の相続人に対して支払った本件支払金(代償金)を「資産の取得に要した金額」に当たるということはできないのであって(最高裁第三小法廷平成六年九月一三日判決・裁判集民事一七三号八一頁参照)、原告の右主張は失当である。

六  また、原告は、本件調停条項に同意した原告の意思表示には要素の錯誤があり、本件遺産分割は無効である旨主張する。

しかし、原告の主張する錯誤は意思表示の動機の錯誤であるから、少なくともその動機が相手方に表示されない限り法律行為の要素の錯誤を来さないというべきところ、前記認定したところによれば、本件調停の席において、原告が等価交換契約をした場合の譲渡所得課税について話題となったことはなく、原告が締結する契約の詳しい内容について、他の相続人に知らされてもいなかったのであって、原告が、本件のような原告に対する譲渡所得課税がされないことを本件調停成立の前提とし、これを本件調停条項に同意する動機として他の相続人に対し明示又は黙示に表示していたということはできないから、その余の点について検討するまでもなく、原告の右錯誤の主張は失当というほかない。

七  そこで、本件更正の適否についてみるに、被告の主張2(一)(1)、2(一)(2)の<1>、2(一)(3)の<1>、<3>、本件土地の利用状況が被告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがないところ、既に検討したところから明らかなように、原告の本件土地の譲渡による所得は、措置法三一条一項の規定する長期譲渡所得に該当し、その取得費、特別控除額はいずれも被告主張のとおりとなるから、原告の平成三年分における納付すべき所得税額は、被告主張のとおり三七四五万二五〇〇円であって、これと同額の本件更正は適法である。

そうすると、本件決定は、本件更正によって新たに納付すべきこととなった税額に基づき、国税通則法に従って適法に算出された過少申告加算税を賦課するものであって、適法ということができる。

八  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

別表

<省略>

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